教会そのものが障壁になっている

私たち霊は、レンガとモルタル、祭壇と尖塔で出来た教会には、何の興味もありません。

何の魅力も感じません。

建物には全く関心がないのです。

私たちが関心を向けるのは魂です。

それで私たちは、神と人間の間にある障壁を取り除くことに努力しているのです。

が、不幸にして今日では、教会そのものが障壁になっているのです。

これほど大きな罪悪があるでしょうか。

神は一つの教会に局限できません。

一つの建物の中に閉じ込めることは出来ません。

神の力は、人間一人一人が神性を発揮する行動の中に表れます。

つまり、自分を滅却した奉仕、困窮した無力な他人のために、一身を捧げようとする献身の中に表れます。

そこに神の働きがあるのです。

確かにキリスト教界にも、良い行いをしている真面目な人が、たくさんいます。

私が非難しているのは、その組織です。

それが障害になっているからです。

是非とも取り除かねばなりません。

本当の宗教には、儀式も祭礼も、美しい歌唱も詠唱も、きらびやかな装飾も豪華な衣装も式服もいりません。

宗教とは自分を役立てることです。

他人のために自分を役立てることで、神に奉仕することです。
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