体験もせずにどうして教訓が得られるでしょう

神の帳簿は一円の違いもなく、収支が合うようになっています。

つまり人間の行動の一つ一つに、賞と罰が正確に与えられます。

原因があれば必ず結果があるのです。

どんな苦難にも償いがあり、体験を積めば教訓が身につきます。

片方なしにもう一方はありません。

体験もせずにどうして教訓が得られるでしょう。

そして教訓を学んだ時から、その教訓を生かす責任が生じます。

何も知らずに犯した罪よりも、悪いと知りつつ犯した罪の方が重いに決まっています。
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