物言わぬ神の子が犠牲になっている

地上のクリスマスシーズンにも、愛が見られないわけではありません。

それが親切や寛容や施しとなって表現されています。

旧交を温め、縁を確認しあい、離ればなれになった人たちが一堂に会するということにも、愛が見られます。

また、これまでの恨みは忘れようという決意をさせることにもなります。

しかし残念でならないのは、それに先立って大量の動物が殺されることです。

物言わぬ神の子が、犠牲になっているのです。

平和を説いたキリストの誕生が、そうした恐ろしい虐殺によって祝われるというのは、何と悲しいことでしょう。

なぜ平和を祝うために、罪もない動物の血が流されねばならないのでしょう。

これはまさに地上のはりつけです。

罪なき動物に流血の犠牲を強いて、平和を祝うとは……。

いつの日か、愛と哀れみと慈悲と責任感が人間を動かし、助けを求める動物たちへの態度を改めるでしょう。

そうした能力が発揮されて初めて、罪もない動物への容赦ない流血と残酷と無益な実験も行われなくなるでしょう。

地上に真実の平和が訪れ、狼が小羊と並んで寝そべることになるでしょう。
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