真の意味の寛大さには洞察力が伴います

悪とは何かを見極める必要があります。

地上人生の究極の目的は、死の後に待ち構える次の世界に備えて、内部の魂を開発することです。

開発するほど洞察力が深まります。

魂が開発され進歩するにつれて、自動的に他人に対して寛大になり、哀れみを覚えるようになります。

これは、悪や残忍さや不正に対して寛大であれという意味ではありません。

相手は自分より知らないのだという理解から生まれる、一種の我慢です。

人間はたいてい、自分がしていることの意味が分からずに、全くの無知から行動していることがあります。

そこが、あなたの我慢のしどころです。

しかし、その我慢は悪を放任し黙認することではありません。

それは我慢ではなく、目の前の現実に目をつむることです。

真の意味の寛大さには、洞察力が伴います。

そして、いつでも援助の手を差しのべる用意が出来ていなければなりません。
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